(妻惠信尼,1182-1268)(書信)

恵信尼消息

(1)

 去年の十二月一日の御文、同二十日あまりに、たしかにみ候ひぬ。なによりも殿(親鸞)の御往生、なかなかはじめて申すにおよばず候ふ。

 を出でて、六角堂に百日籠らせたまひて後世をいのらせたまひけるに、九十五日のあか月聖徳太子の文を結びて、示現にあづからせたまひて候ひければ、やがてそのあか月出でさせたまひて、後世のたすからんずるにあひまゐらせんとたづねまゐらせて、法然上人にあひまゐらせて、また六角堂に百日籠らせたまひて候ひけるやうに、また百か日、降るにも照るにも、いかなるたいふにもまゐりてありしに、ただ後世のことは、よき人にもあしきにも、おなじやうに生死出づべき道をば、ただ一すぢに仰せられ候ひしを、うけたまはりさだめて候ひしかば、「上人のわたらせたまはんところには、人はいかにも申せ、たとひ悪道にわたらせたまふべしと申すとも、世々生々に迷ひければこそありけめとまで思ひまゐらする身なれば」と、やうやうに人の申し候ひしときも仰せ候ひしなり。

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